ご存知でした?なぜ戦国武将が京都に行くことを「上洛」と言うのか?

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先日テレビでクイズ番組を見ていたら、こんな問題が

戦国武将が京都に行くことを上洛と呼ぶのはなぜ?

たしかに昔から疑問に思っていた。
なぜ、上洛?と。

答えはこういう事でした。(以下はWikipediaより引用)

上洛の「洛」は「洛陽」を意味する。平安時代、平安京を指して中国の都の名を借りて「洛陽」と呼ぶことがあった。やがてその一字を採って「洛」だけでも平安京を表すことになった。また一説に、左京を洛陽、右京を長安と呼んだ[1]。しかし当時、「長安」である右京は居住に適さない湿地が多かったことなどから平安時代の後半には既に廃れ、市街地は「洛陽」である左京だけとなった。このため「洛陽」は都と同義になり、その一字「洛」をもって京都を指すようになり「上洛」「入洛」「京洛(けいらく)」「洛中」「洛外」などの言葉が生まれた。上洛・入洛は共に京都に入ること言い、京洛は京の都のことを指した。また洛中は京域内を指し、洛外はその外周地域を指した。なお、狭義では、上洛とは室町時代末期(戦国時代)に、京都にいる足利幕府将軍を保護することを意味し、結果として全国支配に必要な権威をもたらすことであるとされた。

さらに詳しくは http://ja.wikipedia.org/wiki/%E4%B8%8A%E6%B4%9B こちらをご覧ください。

中国の洛陽と長安から来ていたのですね。
全く知りませんでした。
勉強になりました。

 

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